東京高等裁判所 昭和47年(行ケ)52号 判決 1981年9月30日
原告 日本バイリーン株式会社
被告 ミネソタ・マイニング・アンド・マニユフアクチユアリング・コンパニー
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告は、「特許庁が昭和四四年審判第七二五七号事件について昭和四七年二月一四日にした審決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「呼吸を許容しうる半透明圧力感受性接着テープ及びその製造法」とする特許第四二八五六九号発明(昭和三五年四月一八日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和三六年四月一八日に特許出願され、昭和三九年九月三日に設定の登録がされた。以下、この発明を「本件特許発明」という。)の特許権者である。原告は、被告を被請求人として、本件特許発明中、特許請求の範囲第一項の発明につき、昭和四四年八月二五日、特許無効の審判を請求し、特許庁昭和四四年審判第七二五七号事件として審理されたところ、昭和四七年二月一四日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、同審決の謄本は、同年四月一〇日、原告に送達された。
二 本件特許発明の要旨
1 (A)不規則に交錯したステープル織物用繊維の薄い圧縮された組織様ウエブと、(B)外見上連続した薄い平滑な疎水性の透明な皮膚粘着性の感圧性接着剤とから本質的になる、呼吸を許容しうる半透明多孔性の非織繊維の外科用接着テープであつて、(A)のウエブの繊維は、繊維全重量の約三〇%ないし七〇%重量を有する疎水性ゴム状の繊維サイジング剤重合体によつて、個々の繊維が被覆され、かつ、繊維の交叉点が結合されているものであり、その結果、耐水性のサイジングされた繊維と液状の汗を吸収しうる多孔性の毛細管構造を有する不均一性弾力性網状組織の繊維性裏打の湿潤強度とが与えられ、該裏打は、乾燥及び湿潤のいずれの状態でも外科用テープの機能に充分なほど強いものであり、また、(B)の接着剤は、上記裏打の一方の面の繊維上に塗布され、該繊維と重ね合わせられており、単一かつ均一であるが、微細な孔を多数有する繊維質の接着性ウエブ構造を与えるものであつて、この接着剤被覆は、上記裏打の繊維間孔と通じており、かつ、一平方センチメートル当り非常に多数の種々の微小な緻密に配置されたところの細孔を有するものであり、しかして、該接着剤被覆は、水不溶性疎水性積極的に粘着性及び高度結合性のゴム状感圧性接着剤重合体より本質的に成るものであり、この接着剤は、皮膚に比較的無刺激であり、かつ、本テープを長時間皮膚に粘着接触させた後、皮膚よりテープを容易にまた安楽に取除きうる程度の固さと弾力のものである外科用接着テープ。
2 多孔質裏あてに揮発性ベヒクルを含む非水溶性、粘弾性圧力感受性積極的粘着性接着剤の一部乾燥溶液の連続的粘着性被覆を適用し、しかる後、少なくとも約四〇度C(一〇〇度F)の温度において接着剤被覆を速やかに乾燥して多孔性を誘引すると共に乾燥を完了し、かつ、この際揮発性ベヒクルの比率は、乾燥中適用された接着剤被覆が多孔質裏あてを透過しないほど充分に少なく、かつ、接着剤被覆が接着シートの呼吸許容性に適した微細多孔状態を自生的に発展せしめるほど充分に大きなものとすることを特徴とする、可視的に連続的であるが多孔質なる接着剤被覆を担持した多孔質裏あてを有する呼吸を許容しうる圧力感受性接着シートの製造法。
三 審決の理由の要点
本件特許発明の要旨は、前項記載のとおりである。
これに対し、請求人(原告)は、本件特許発明の特許請求の範囲第一項に記載された発明(以下、この発明を「本件発明」という。)は、いずれも本件特許発明についての優先権主張日前に日本国内又はアメリカ合衆国において頒布された刊行物であるアメリカ合衆国特許第二六四七一〇〇号明細書(以下「第一引用例」という。)、同第二三五八七六〇号明細書(以下「第二引用例」という。)、同第二九三一七四九号明細書(以下「第三引用例」という。)、同第二八八四一二六号明細書(以下「第四引用例」という。)に記載された技術的事項に基いて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができず、したがつて、本件発明は、同法第一二三条第一項の規定により、その特許を無効にすべきものであると主張する。
そこで、まず、各引用例の記載をみるに、第一引用例には、多孔性の無刺激性接着テープが記載されてはいるが、接着剤層の細孔の状態については、何も明示されず、また、裏打も疎水性サイジング剤で処理された不織の薄い圧縮されたものであることについて、何も示唆するところがない。
第二引用例には、サイズ剤で処理された不織布裏打を有する半透明の接着テープが示されているが、これは、多孔性のものではなく、また、外科用のものでもない。
第三引用例には、サイズ剤で処理された不織布が示され、包帯類として用いられる旨の記載があるが、多孔性接着テープについては、何ら示唆されていない。
第四引用例には、外科用接着シートが記載されているが、これは、多孔性のものではない。
これら各引用例のものと本件発明とを比較検討するに、本件発明の接着テープを個々の構成要素に分解した場合に、その個々の構成要素に関しては、各引用例のいずれかに示唆する記載はあるが、各引用例のものは、いずれも本件発明とは課題を異にするもののみであつて、本件発明のごとき、非常に多数の種々の微小な緻密に配置された細孔を有する外見上連続した非常に薄い接着剤層と、疎水性ゴム状サイジング剤で処理された薄い不織の圧縮された多孔質裏打とから構成された呼吸を許容しうる半透明多孔性の外科用無刺激性接着テープを意図することについては、何らの記載もないから、各引用例には、前記個々の構成要素を組合わせるという技術的思想は開示されていない。そして、前記の外科用無刺激性接着テープを得ることを意図すること自体、きわめて困難であるから、各引用例のものから、本件発明の接着テープの個々の構成要素についてそれを示唆する記載を選び出し、それを組合わせることは、きわめて困難である。
しかも、本件発明は、その特許請求の範囲に記載された事項を発明の構成要件とすることによつて、接着テープでカバーされた全皮膚面にわたつて均一な呼吸許容性を有し、空気にさらされたままテープを通して患部を観察することができ、皮膚に何らのかぶれを起こすこともなく、しかも、湿気のある状態及び乾燥状態の両方において優れた接着性を示すという、従来公知の外科用接着テープからは予期できない顕著な作用効果を奏するものである。
したがつて、本件発明は、各引用例に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、請求人の前記主張は理由がなく、本件発明の特許を無効にすることはできない。
四 審決の取消事由
審決は、次の点において判断を誤つており、違法として取消されるべきものである。
1 甲第七号証の引用について
甲第七号証は、審決においては刊行物として引用されていないが、次のとおり、本訴において、これを公知ないし周知の刊行物として主張することが許されるところ、本件発明は、後述のとおり、同号証及び本件各引用例記載の発明に基いて容易に発明をすることができたものである。すなわち、
甲第七号証(一九五三年七月二八日アメリカ合衆国において刊行され、昭和二九年一月二五日日本国内において頒布された刊行物である。)は、第一引用例(甲第三号証)と、発明者、出願人、出願日を同じくする同国特許発明の明細書であり、両者の記載から明らかなとおり、両発明は、人体に使用するのに好適な無刺激性の均一多孔性外科用接着テープを得ることを課題とする技術的思想を、<1>接着テープに塗布する接着剤及びその製造法(甲第三号証)と<2>接着テープの製造装置(甲第七号証)とに分けて、それぞれ特許されたものであり、両々相まつて、一個の技術的課題を解決したものである。したがつて、甲第三号証と第七号証とは、一つの外科用接着テープに関する公知ないし周知の技術を内容とするものであり、実質的に同一性を有する。このような場合、甲第七号証は、審決取消訴訟において、甲第三号証と共に主張することが許される。
また、甲第七号証は、本件審判手続と併行して、特許庁において同一の審判官により審理されていた本件発明に係る他の特許無効審判手続(昭和四四年審判第三五七号事件、請求人バイヤースドルフ・アクチエンゲゼルシヤフト、被請求人被告)において、公知刊行物として引用されていたから、職権探知主義をとる審判手続の性質上、当然、本件審判手続においても、審判官は、これを考慮に入れて審決したものといえる。すなわち、甲第七号証は、本件審判手続においても、すでに審判官の判断を経たものと解すべきであり、本訴において、これを引用することが許されるべきものである。
仮に、本件訴訟において、甲第七号証が公知ないし周知の刊行物として主張することが許されないとすれば、審決には、審理不尽の違法がある。すなわち、審判手続については、職権探知(特許法第一五三条第一項)及び職権証拠調(同法第一五〇条第一項)をすることができるから、審判官が同一の特許について無効審判手続を複数件管掌している場合、それぞれの手続において提出された証拠単独では、特許を無効にすることはできないが、それらを総合すれば、これを無効にすることができると認めうるときは、職権を発動して審理を行ない、特許無効の審決をすべき職責を有する。本件の場合、審判官は、別件において提出された甲第七号証の存在を知りながら、本件特許無効審判手続において、これに関する審理をしないまま、審決をしたものであるから、本件審決には、この点において審理不尽の違法がある。
2 本件発明の構成について
審決は、本件発明の構成要件のうち、(1)「非常に多数の種々の微小な緻密に配置された細孔を有する外見上連続した非常に薄い接着剤層」と、(2)「疎水性ゴム状サイジング剤で処理された薄い不織の圧縮された多孔質裏打」とから構成された呼吸を許容しうる半透明多孔性の外科用無刺激性接着テープは、各引用例に記載がなく、このような外科用接着テープを得るよう意図することは、当業者にとつてきわめて困難であつたとし(目的ないし課題の予測性の否定)、また、本件発明の外科用接着テープの個々の構成要素について、それらを示唆する記載を選び出して、組合わせることは、きわめて困難であるとした(構成の予測性の否定)。なお、右(1)の「非常に薄い接着剤層」は「薄い接着剤層」とされるべきものである(本件発明の特許請求の範囲には、接着剤層が「非常に」薄いことについての限定がない。)。この点を改めれば、右(1)、(2)の接着剤層と多孔質裏打とが、本件発明の構成要素であることは争わない。
しかし、審決は、右の点について、次のとおり判断を誤つたものである。すなわち、
第一引用例と甲第七号証刊行物には、(1)′「実質的に顕微鏡的な大きさの微小な細孔が全体にわたつて均一に緻密に分布している薄い接着剤層」と、(2)′「望ましくは微細に織られた薄い多孔性の織物の裏打(ただし、裏打の素材は、限定されない。)」とから構成された「呼吸を許容しうる多孔性の外科用無刺激性接着テープ」の発明が記載されている。この発明の構成要件のうち、(2)′の裏打にかえて、これを本件発明の(2)「疎水性ゴム状サイジング剤で処理された薄い不織の圧縮された多孔質裏打」とすることは、本件発明の特許出願前、当業者の容易にしうることであつたし、また、「呼吸を許容しうる多孔性の外科用無刺激性接着テープ」を半透明のものとすることも、同様に容易であつた。以下に詳述する。
(一) 不織布の裏打
(1) 不織布について
(イ) (疎水性ゴム状サイジング剤による処理をしたもの)
不織布のサイジング剤として、疎水性ゴム状のものは、本件発明の特許出願前、最も多く用いられていた(甲第一一号証の三第五三頁左欄二二行~三二行、甲第一二号証の七第一欄二行~六行、第二欄四行~一三行)。
(ロ) (所望の厚みのウエブ)
本件発明の特許出願前、一般不織布の最も望ましい形成方法が気体利用法であり、この方法を使用する機械として、アメリカ合衆国のカーレーター・コーポレーシヨン製のランド・ウエツバーが多く用いられ、この方法において、ウエブの厚みは、フイードとデリバリーの速度によつて調節しうるものであつた(甲第一一号証の三第四九頁左欄三四行~四一行、甲第一二号証の六第一欄一行~一三行、第四欄七行~第五欄一行)。
(ハ) (薄いもの)
本件発明の特許出願前に市販されていた不織布の厚みは、織布のそれに比し、薄いものがある(甲第一〇号証の一第九頁~第一一頁)。
(ニ) (圧縮されたもの)
ランダム・ウエブの接着処理には、浸漬法が多く用いられ、その浸漬法において、飽充後の過剰液を除くために、ウエブを圧搾ローラーにかける方法がとられ(甲第一一号証の三第五〇頁左欄二六行~三一行、甲第一〇号証の一第七頁左欄下より六行~右欄下より八行)、カレンダーがけが、ウエブを圧縮する目的ないし表面を密にする目的で、広く行なわれている(甲第一一号証の三第五六頁左欄下より二行~右欄一行、甲第一二号証の七第七欄一五行~一七行)。
(ホ) (多孔質のもの)
本件発明の特許出願前、不織布は、当然に多孔質であつて、通気性がよく、人に必要な皮膚呼吸と汗の吸収、発散を可能にすることが知られていた(甲第九号証第四九五頁右欄二五行~二八行、同第四九六頁左欄一行~三行、甲第一二号証の八第五欄四行、五行)。
(2) 裏打について
(イ) 本件発明においては、好ましい疎水性ゴム状サイジング剤として、「水分散性ゴム質アクリレート重合体ラテツクス」が挙げられている(甲第二号証第三頁右欄二六行、二七行)。しかし、これは、「アクリル系の重合物、共重合物のエマルジヨン接着剤」(甲第一一号証の三第五二頁三三行~四二行、第五三頁左欄二二行~三二行)にほかならない。
(ロ) 本件発明においてウエブの形成に使用される、カーレーター・コーポレーシヨンの「ランド・ウエツバー」は、甲第一一号証の三第四九頁左欄三四行~四一行、甲第一二号証の六第四欄七行~第五欄一行において、多く用いられているとされるランド・ウエツバー機と同一である。
(ハ) 本件発明の明細書の実施例では、テープの裏打に使用される不織布の厚さは、約一〇〇ミクロンないし一五〇ミクロンとされているが、この厚さは、甲第一〇号証の一第九頁~第一一頁に示されている不織布の厚さと実質的に差異がない。
(ニ) 本件発明の特許請求の範囲においては、その裏打を「圧縮された組織様ウエブ」としているが、発明の詳細な説明においては、「圧縮された」について何らの説明もされていないから、この「圧縮された」とは、一般の不織布製造工程における圧縮操作を意味するものと解すべく、それは、浸漬法において過剰液を除くためにする圧搾ローラーによる圧縮(甲第一一号証第五〇頁左欄二六行~三一行、甲第一〇号証の一第七頁左欄下より六行~右欄下より八行)か、カレンダーがけ(甲第一一号証の三第五六頁左欄下より二行~右欄一行、甲第一二号証の七第七欄一五行~一七行)を意味するものと解するのほかはない。
(ホ) 本件発明の明細書においては、その裏打の多孔性について、「この裏あては、吸収性紙タオルよりも数百倍も空気に対する多孔度の大なるものであり、接着剤被覆よりもはるかに多孔性であるから、接着剤テープ製品による空気及び湿気の蒸発を妨げない。…多孔質接着剤被覆を移行する傷のうみ及び汗は、容易に織物の多孔質毛細管構造中に吸収され、これにより、接着剤を通る蒸発は、さらに促進される。」と説明されているが、本件発明の特許出願前、不織布が多孔質であつて通気性がよく、人に必要な皮膚呼吸と汗の吸収、発散を可能にすることは、よく知られていたから、これもまた、本件発明の裏打たる不織布に特有の効果とはいえない。
(3) 不織布の用途について
本件発明の特許出願前、不織布は、接着テープ、外科用テープ、ガーゼ、包帯、衛生用品、外科用ドレツシング等に用いられていたし、不織布を接着テープの裏打として用いることは、甲第四号証、第六号証、第八号証にも示されている。
(4) 右(1)ないし(3)のとおり、本件発明における不織布の裏打が、その特許出願前知られていた不織布に比して、何ら特段のものでなく、かつ、その特許出願前、不織布の用途として、接着テープ、外科用テープ、包帯等が知られていた以上、第一引用例及び甲第七号証における外科用テープの裏打に関する「微細に織られた薄い多孔性の織物の裏打」にかえて、これを本件発明の前記(2)の裏打とすることは、当業者の容易にしうることであつたというべきものである。
(二) 半透明
第一引用例及び甲第七号証刊行物のものにおける「呼吸を許容しうる多孔性の外科用無刺激性接着テープ」を半透明のものとすることも、本件発明の特許出願前、当業者の容易に想到しうることであつた。それは、不織布の裏打はそれ自体が半透明であり、これに被覆する接着剤として透明な物質を選べば、当然に半透明の接着テープが得られることは、本件発明の特許出願前、当業者に自明であつたからである(甲第四号証第七頁左欄二八行~三四行参照)。
3 本件発明の作用効果について
審決は、本件発明が、<1>接着テープでカバーされた全皮膚面にわたつて均一な呼吸許容性を有し、<2>空気にさらされたまま、テープを通して患部を観察することができ、<3>皮膚に何らのかぶれを起こすこともなく、<4>湿潤状態及び乾燥状態の両方において優れた接着性を示すという、従来公知の外科用接着テープからは予期できない顕著な作用効果を奏するとした。本件発明が、この<1>ないし<4>の作用効果を収めることについては、争わないが、これらが従来公知の外科用接着テープからは予期できない顕著なものであるとしたのは、誤りである。右作用効果は、第一引用例及び甲第七号証刊行物に記載の均一多孔性外科用接着テープによつて、すでに収められていたものであり、仮に、その一部につき程度の差が存したとしても、その差は僅少であり、当業者が本件発明の特許出願前公知の技術から容易に収めることができたものである。以下に詳述する。
(一) 呼吸許容性及び無刺激性
第一引用例及び甲第七号証に係る外科用接着テープは、要するに、接着剤が皮膚に対して無刺激性であり、かつ、接着被膜がその全体にわたつて実質的に均一に多孔性であるから、その下になつた皮膚表面に空気及び液体の通路を与えることができ、そのため、接着剤と皮膚とが長い間接触していた後においても、水ぶくれ又は他の皮膚の炎症ができるのを防止するという作用効果を有する(甲第三号証第一欄二九行~五四行、第二欄五行~一〇行、同欄五二行~第三欄八行、同欄二八行~三二行、第四欄七〇行~七四行、甲第七号証第一欄八行~四〇行、第四欄二五行~三〇行、同欄五〇行~五七行)。
一方、本件発明は、第一引用例及び甲第七号証刊行物の発明と全く共通な従来公知の外科用接着テープを対象とし、その欠点を改善するため同一の着眼をしたものであり、右先行技術から本件発明のように意図することには、何らの困難も存しないし、本件発明の前記<1>及び<3>の作用効果は、第一引用例及び甲第七号証の外科用接着テープによつて、完全に実現されていたことが明らかである。
(二) 患部観察の許容性
第一引用例及び甲第七号証刊行物には、テープを通して患部を観察することができるとの作用効果の実現を特に意図した旨の記載はないが、そのテープ裏打に用いられる素材については、何ら限定がされておらず、医療用又は外科用に用いられるテープについても、微細に織られた布が通常望ましいとされているにとどまり、これに限定される趣旨でないことは明らかである(第二欄四八行~第三欄三行)。甲第七号証刊行物は、昭和二九年一月二五日わが国特許庁資料館に受入れられたが、不織布は、これより先昭和二七年ごろから急速に普及し始め、本件発明の特許出願についての優先権主張日(昭和三五年四月一八日)当時においては、広く医療用、外科用の材料として用いられるようになつていた。したがつて、甲第七号証刊行物記載の均一多孔性外科用接着テープの裏打素材として、不織布を用いることも、望ましいこととして、当時すでに当業者に知られていた。そして、もし、外科用接着テープにつき、その裏打素材として不織布を用いるときは、裏打は、不織布の性質上半透明であり、また、接着剤は、酸化亜鉛を含まない、例えばポリビニルアルキルエステルのような有機重合体から成るものとされているから、透明であり、テープ全体としては、これを印刷物に貼付するときは、印刷部分が読める程度の半透明のテープが得られることになる。したがつて、これを人体に適用するときは、人体からテープを除去せずに、患部の状態を観察しうるとの作用効果が収められる。仮に、外科用接着テープの裏打素材として「微細に織られた布」を使用するとしても、それは、甲第七号証にいうように「薄い細かく織られた多孔性の布」であり、これに接着剤を塗布し急速冷却させるときに生ずる無数の孔は顕微鏡的な大きさであるというのであるから、織目は甚だ細かく、織糸は極めて細く、したがつて、布地の厚さも極めて薄いものが使用されるというべく、そのように薄い織布は、不織布にほぼ近い半透明性を有し、これに透明な接着剤を塗布するときは、テープを付着させた印刷物を読める程度の半透明テープが得られる。これを外科用接着テープとして使用するときは、テープを除去せずに患部を観察することが可能である。
一方、本件発明の明細書には、好ましい非織繊維裏あてのごとき半透明裏あてに、透明接着剤を塗布するときは、「テープを付着した印刷物を読める程度の透明度を有する半透明テープが得られる。かかる高度の透明度は、人体からテープを除去せずに、下部の状態を観察しうる点で外科用テープとして有利である。」旨の記載があるから(甲第二号証第一頁右欄二〇行~二五行)、本件発明がこのような半透明の外科用テープを得ることを意図したものであることは明らかであるが、この程度の透明度は、甲第七号証刊行物の前述の均一多孔性外科用接着テープにおいて薄い織布を裏打に使用するときにも、ほぼ同程度に得られるものである。裏打を不織布とすることにより、多少透明度が増すことがあるとしても、それは程度の差に過ぎず、しかも、不織布を裏打に使用する接着テープにおいて、透明な材料より成る塗膜を施すことにより、「テープを付着した表面上の文字又は図形を隠蔽しない程度の透明度を有するテープ」を製造することは、本件発明の特許出願についての優先権主張日前すでに公知になつていたから(第二引用例第七頁左欄二八行~三四行)、これらの技術に照せば、本件発明における、空気にさらされたまま、テープを通して患部を観察することができるとの作用効果は、甲第七号証刊行物の均一多孔性外科用接着テープによつて、すでに実現されていたか、少なくとも、当業者によつて容易に推考されえたものというべきである。
(三) 乾湿両状態における接着性
第一引用例及び甲第七号証刊行物には、その均一多孔性外科用接着テープにつき、特に湿潤状態と乾燥状態とを分けて、その接着性の優れていることを強調した記載はない。しかしながら、この両者のものは、従来の樹脂及びゴムを含む一般の接着テープが有するよりも、優れた接着性を有する外科用接着テープを開発しようとしたものであり、かつ、その旨の作用効果を収めるものである(甲第三号証第一欄五五行~第二欄四行、第二欄五二行、五三行、第三欄二八行~三二行、第四欄六七行~九六行、甲第七号証第四欄五七行、五八行)。そして、これらのものの記載において例示されたポリビニルアルキルエーテルから成る接着剤が、本件発明の明細書にいう疎水性のものであることは、その性質上明白であるから、その接着剤の優れた接着性が、湿潤状態によつて影響を受けるおそれはない。また、それらのものに記載された外科用接着テープにおいては、テープの全面にわたり均一に無数の細孔が分布していて、空気及び液体を透過させるから、接着剤が汗に長時間接触することにより、軟化膨潤することもないし、その外科用接着テープの裏打素材としては、その材料に限定がないから、外科用テープの裏打として必要な湿潤強度を有するもの(不織布に限らない。)を選択することには、何らの妨げもない。右のとおりであるから、第一引用例及び甲第七号証刊行物のものの均一多孔性外科用接着テープは、湿潤状態及び乾燥状態のいずれにおいても優れた接着性を有することは明白である。
一方、本件発明の明細書には、その外科用接着テープが湿潤状態及び乾燥状態の双方において、優れた接着性を示すことを特に意図したこと及びそのような作用効果を奏することを、直接に示す記載はない。審決が本件発明についてこの点の作用効果を認めたのは、その外科用接着テープに用いられる接着剤が疎水性のものであること、疎水性の接着被覆といえども、汗と長時間接触すれば軟化膨潤するが、右外科用接着テープにあつては、テープの細孔を通つて汗が発散するから、その軟化膨潤の程度が少ないこと、テープの裏打が不織布であることから、湿潤強度を有することを考慮したことによるものと考えられるが、それから得られる程度の接着性は、すでに第一引用例及び甲第七号証刊行物の外科用接着テープによつて得られていたことは、前述のとおりであり、本件発明に特有のものではない。
本件発明が従来公知の外科用接着テープからは予期できない顕著な作用効果を奏するものとした審決は、本件発明の特許出願についての優先権主張日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物又は当業者に周知の技術を誤認したか、それらの評価を誤つたものであり、違法である。
第三被告の答弁
一 請求の原因一ないし三の事実は認める。
同四の主張は争う。
二 (甲第七号証の引用について)「接着剤及びその製造法」(第一引用例、甲第三号証)と「接着テープの製造装置」(甲第七号証)とは、技術的内容が異なることは明らかであるから、原告が主張するように、両者を実質的に同一であるということはできない。また、甲第七号証が、別件の特許無効審判手続において引用されていたからといつて、本件の特許無効審判手続において引用されていないのに、その技術的内容が考慮されていたということのできないのは、いうまでもない。
さらに、元来、特許の無効の審判は、請求により開始されるものであり、職権証拠調についての規定も、審判官にこれを義務づけたものではない。したがつてまた、別個の事実及び証拠に基づくときは、新たな無効審判を請求することができるから、審判官が当事者より提出されなかつた証拠を調べなかつたからといつて、当該審判手続の審理が違法となるいわれはない。もともと、甲第七号証は、本件特許無効審判手続において、原告が提出しようと思えば、できたものである。並行して進行されていた別件の特許無効審判手続において、請求人として原告が提出したものであるから、本件特許無効審判手続において、これが提出しえないわけはなく、自らの判断で提出していないものを、特許庁が調べなかつたからといつて、これをもつて審決を違法とすべきであるというがごときは、論外である。
三 各引用例をもつてしても、本件発明が容易に発明をすることができたものとはいえないとした審決は、正当であり、原告の主張は、理由がない。
(一) 本件発明は、その特許請求の範囲記載のとおり、裏打と接着剤とから成る外科用接着テープであるが、(A)その裏打は、短繊維(ステープル織物用繊維)が不規則に交錯し、入り組んで重なり合い(組織様ウエブ)、薄く圧縮され、全体として一体の弾力性網状構造を成し、疎水性ゴム状の繊維サイジング剤重合体(サイジング剤を含んだ繊維全重量の約三〇%ないし七〇%の重量)によつて、個々の繊維が被覆されかつ繊維の交叉点が結合されており、液状の汗を吸収しうる多孔性の毛細管構造を有し、乾燥及び湿潤のいずれの状態でも、外科用テープの機能に十分なほどの強度を有し、(B)接着剤は、外見上連続した薄い平滑な不溶性、疎水性の透明な皮膚粘着性、感圧性のゴム状重合体であり、皮膚に比較的無刺激で長時間皮膚に粘着接触させた後にも、皮膚よりテープを容易に、また、安楽に取除きうる程度の固さと弾力をもち、裏打の一方の面の繊維に塗布され、繊維と重ね合せられており、接着剤被覆は、非常に多数の緻密に配置された微小な孔を有し、その孔は裏打の繊維間孔と通じており、これら(A)(B)が全体として、単一かつ均一な微細な孔を多数有する繊維質の網状構造を成しているものである。
本件発明の外科用接着テープは、次の優れた作用効果を収める。
<1> 呼吸許容性
<2> 乾燥状態及び湿潤状態における十分な強度
<3> 除去容易性
<4> 半透明性(被覆状態における患部の観察可能性)
<5> 無刺激性
<6> 接着性、定着性
<7> 弾力及び非伸張性
<8> 指で引裂きうること
<9> 表面が滑らかであること
一方、本件において、本件発明に対する先行技術として、原告が提示したものは、不織布を裏打とした封緘テープと、通常の織られた布を裏打とした外科用テープで、多孔性と称しているものとだけであり、(イ)接着剤についても、「外見上連続した」、「平滑な」、「透明の」、「テープを長時間皮膚に粘着接触させた後、皮膚よりテープを容易に、また、安楽に取除きうる程度の固さと弾力をもつもの」というものではなく、また、(ロ)接着剤被覆は、裏打の繊維間孔と通じており、かつ、非常に多数の種々の微小な緻密に配置されているところの細孔を有する構造でもなく、(ハ)全体として、単一かつ均一であるが、微細な孔を多数有する繊維質の接着用ウエブ構造にもなつていないものである。
(二) 原告は、右の外科用テープの裏打材を非織繊維をもつて置き換えることは、容易にできることであると主張するが、その主張を認めうるような証拠はない。
外科用テープは、封緘用テープとは甚しく異なつた条件下で使用されるものであるから、必然的に封緘用テープとは異なつた性質を有すべきものである。そのことは、外科用テープ貼付の対象が柔らかい、凹凸のある人体の皮膚であり、かつ、それが貼られた後も静止していないものであることを考えただけでも明らかであり、したがつて、封緘用テープの材料を、外科用テープに当然に置換して、用いうるはずがない。まして、ここでは、呼吸許容性も問題になつているのであるから、右置換に想到することは、容易ではない。原告の主張するように、本件発明が先行の右公知技術から容易に想到しうるものであれば、それが、社会的な意義ないし利益がないというものではないのであるから、本件発明の特許出願前に、何人かが実施していたはずであるにもかかわらず、そのような者がなかつたことによつても、原告の主張の失当であることがうかがえる。しかもかえつて、第一引用例及び甲第七号証刊行物において、その発明者は、自ら、不織裏打のテープを作ろうと試みたが、接着剤がこれを通りぬけて、反対側の面にまで出てしまうという問題があり、これを解決しえなかつたとして、原告主張のような置換が、簡単ではなく、単純な置き換えが不可能である旨述べているほどである。
(三) 先行技術においては、原告がことさらに主張する甲第七号証の技術によるも、その外科用テープについて、「テープの反対側に冷却液を与えることで、約〇・二mm厚さの薄膜に、急速な初期固化を起こさせる。粘着剤薄膜のこの初期固化は、十分に速いので、その急激な収縮によつて、粘着剤薄膜それ自体に無数の微細な孔の形成を生ぜしめ、それにより、テープを多孔性にし、空気及び液体を透過しうるようにする。」(第四欄二一行~三〇行)と説明されている。これより考えれば、右外科用テープの「孔」は「ひび割れ」のことである。ここに冷却液というのは、水であり、その第一図、第二図を見ると、テープ(裏打)がドラム上を通り過ぎるとき、接着剤が塗布される面の反対側の面が水で冷却されるので、接着剤層にひび割れができるのである。絆創膏のねばねばした接着剤が、瞬間的に冷水に接したとして果してひび割れが生ずるかどうかも疑わしいが、仮にそれが生じたとしても、その間隙は線状のはずであり、本件発明のような点状、毛細管構造のものとは異なる。また、右発明において、テープの一面に冷却水を与えることは、粘着剤がテープに浸透することを防ぐ目的をも有している。すなわち、同号証では、「テープの底面に冷却液を与えることは、粘着剤がテープへ浸透することを防いでいるので、粘着剤は、それ以上テープの中へほんのちよつとしか浸透しないことが、また、注目される。」(第四欄三六行~四〇行)と説明されている。
これに反し、本件発明の外科用接着テープにあつては、「粘着性接着剤被覆が、裏あてに侵入して、それをつなぎ合わせ、かつ、毛細管現象によつて孔中に引込まれるに充分な実質的比率で存在する。」(甲第二号証第二頁左欄三六行~三八行)、つまり、接着剤は、反対側の表面まで浸み通りはしないが、非織繊維の繊維間孔にある程度引込まれることを予想し、かえつて、そのことにより、接着剤層と裏打とを一体とし、裏打の繊維間孔に通じた細孔が接着剤層に生ずることを期待しているのである。このような技術的思想は、各引用例及び甲第七号証のものには存しない。甲第七号証のテープは、裏打と接着剤層とが別々に孔を有し(前者は織物本来の間隙、後者は冷却によるひび割れ)、そこを通じて空気が通うという単純な発想に基いている。したがつて、接着剤層にひび割れができたとしても、それ以外の部分では、皮膚は覆われたままである。これに反し、本件発明においては、裏打と接着剤層とが一体となり、上から下まで通じている毛細管様の細孔が多数形成され、「多孔質接着剤被覆を移行する傷のうみ及び汗は、容易に織物の多孔質毛細管構造中に吸収され、これにより、接着剤を通る蒸発は、さらに促進される。」(甲第二号証第三頁右欄末行~第四頁左欄二行)ものであり、両者における効果の差異は、明らかである。
もつとも、甲第七号証の第二図のものは、その説明によれば、一応、接着剤層全体にわたり均一な孔が形成されるかのようである。しかし、この発明が、決して均一性をもつて、発明の本質的目的としていないことは、その第三図ないし第五図のものがそうなつていないことからして明らかである(第四欄六〇行~第五欄四四行参照)。もし、接着剤を一様に塗布したテープが、接着剤が裏面に浸透することなく、かつ、満足すべき多孔性を備えているのであれば、わざわざこのような特殊な装置を用いるまでもないはずであるから、やはり、接着剤を一様に塗布したものの結果が不満足であつたことが推測される。
なお、第一引用例及び甲第七号証のテープは、厚いものであり、テープを通して患部を観察するなどということは、考えられていないものである。また、通常の布地の裏打を用いる以上は、本件発明のテープのように、指で引裂きうることなど望むべくもないし、それらの説明中には、除去の容易性について触れるところも全くない。
第四証拠関係<省略>
理由
一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決に原告主張のような判断の誤りがあるかどうかについて、検討する。
(一) 甲第七号証の引用について
原告は、まず、第一引用例(甲第三号証)と甲第七号証刊行物とは、一つの外科用接着テープに関する公知の技術を内容とするものであり、実質的に同一性を有することを前提として、甲第七号証は、本訴において、これを日本国内において頒布された刊行物ないし周知の技術に関する刊行物として主張することが許されるとし、これと他の各引用例とに基いて、本件発明を容易に発明をすることができる旨主張する。
しかし、甲第七号証刊行物は、(イ)急速冷却によつて粘着剤の中に作られた無数の孔が顕微鏡的な大きさであること、(ロ)テープの底面に冷却液を与えることは、テープの他の面に施される粘着剤がテープに浸透することを防ぐので、粘着剤は、それ以上にテープの中へごく僅かしか浸透しないことを開示しており、少なくとも、この二点において、第一引用例の技術とは、技術的事項を異にし、かつ、これらの点は、本件の特許無効審判手続において引用されなかつた技術的事項であり、審判官の判断を経ていないことが、成立に争いのない甲第一号証に徴し明らかであるから、これを、本件審決取消訴訟において主張するために、新たに引用することが許されないのは明らかである。
なお、右技術的事項については、これが、本件発明の特許出願についての優先権主張日前に周知であつたことを認めるに足りる証拠がないのみならず、仮にこれが周知であつたとしても、周知の技術的事項であれば、いかなる場合にも、審決取消訴訟において新たに適法に主張しうるものではなく、明示又は黙示にも審決の判断の基礎となつていない技術的事項が、これをただ周知であると主張することにより、新しい引用例に相当する技術的事項として、その提示を許されるにいたるわけのものではない。本件において、甲第七号証の右技術的事項が審決の判断の基礎とされたと認めえないことは、上述のとおりである。
また、元来、特許の無効の審判は、請求により開始されるものであり、請求人は請求の理由を示すべく、職権審理及び職権証拠調についての規定も、審判官にこれを義務付けたものとは解されず、職権で取調べた理由及び職権証拠調の結果については、当事者に意見申立の機会を与うべきものとされているうえ、別個の事実及び証拠に基づくときは、新たな特許無効の審判を請求することができるから、審判官が当事者より提出されなかつた証拠を調べなかつたからといつて、当該特許無効の審判手続が違法となるいわれはない。しかも、甲第七号証、本件特許無効審判手続において提出しようと思えば、提出することができたのに、原告は、並行して進行されていた別件の本件発明についての特許無効審判手続においてこれを提出しておきながら、本件審判手続においては、特段の事情も認められないのに提出その他適宜の手続をしなかつたというのであるから、これを審判官が調べなかつたからといつて、これをもつて、本件審決を違法とすることはできない。
(二) 接着テープの多孔性構造について
(1) 本件発明は、その発明の要旨(特許請求の範囲の記載)のとおり、裏打と接着剤とから成る外科用接着テープであり、少なくとも、その裏打は、不規則に交錯したステープル織物用繊維の薄い圧縮された組織様ウエブより成り、疎水性ゴム状の繊維サイジング剤重合体によつて、個々の繊維が被覆され、かつ、繊維の交叉点が結合され、多孔性の毛細管構造を有する網状組織のものであり、接着剤は、上記裏打の一方の面の繊維上に塗布され、該繊維と重ね合わせられており、単一かつ均一であるが、微細な孔を多数有する繊維質の接着性ウエブ構造を与えるものであつて、この接着剤被覆は、上記裏打の繊維間孔と通じており、かつ、一平方センチメートル当り非常に多数の種々の微少な緻密に配置された細孔を有するものであることを、主要な構成要件として包含しているものである。
一方、成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例のものは、<1>木綿ガーゼ又は他の材料から成る裏打と<2>実質的に均一に多孔性の薄い接着剤層とから構成された、呼吸を許容しうる多孔性の外科用無刺激性接着テープであることが認められるが、それ以上に、多孔性構造について、具体的に示されていない。
(2) そこで、本件発明の多孔性構造と第一引用例のそれとを対比検討する。
成立に争いのない甲第二号証(本件発明の特許公報)によれば、本件発明の外科用接着テープは、接着剤被覆を不織布裏打上に施した後に、揮発性ベヒクルを含む接着剤被覆を速やかに乾燥するものであるが、乾燥の際に、接着剤が溶媒(揮発性ベヒクル)に溶かしたものであるため、その溶媒が揮発して、乾燥後には、接着剤被覆は収縮し、そのために前認定の細孔が生成するものであること、接着剤被覆が収縮する際には、被覆が薄い場合には、裏打に接する部分へ集まるように収縮することが、本件発明の詳細な説明の記載、すなわち、
<1>「細孔は、非常に小さいので、テープの粗雑な観察によつては、眼で見えず、したがつて、この接着剤被覆は、可視的に連続性のものである。……そして、その作用は、接触する人体の全域にわたり本質的に均一であり、これは、比較的大きな孔を有するテープ又は従来「呼吸を許容しうる」テープとして得られる多孔質裏あてに普通の、非浸透性接着剤の不連続離隔条線又は斑点を有するテープの作用とは、全く異なるものである。」(第一頁左欄下から四行~右欄七行)
<2>「裏あての網状構造は、本法によりテープの製造中、適用接着剤被覆を非多孔質状態から多孔質状態へ変態せしめるごとき物理的作用を有し、好ましい非織形の裏あては、この作用を演ずるに特に適するものである。」(第二頁左欄二六行~三〇行)
<3>「揮発性ベヒクルは、粘着性接着剤被覆が裏あてに浸入して、それをつなぎ合わせ、かつ、毛細管現象によつて、孔中に引込まれるに充合な実質的比率で存在する。この半乾燥接着剤被覆をさらに乾燥すれば、残りの揮発性ベヒクルは、逐次失われ、被覆は、収縮する。」(同欄三五行~四〇行)
に徴し、認められる。
そして、以上の事実と前掲甲第二号証とによれば、本件発明における裏打の不織繊維は、多孔性の毛細管構造を有するものであり、非常に多数の微細なインターフイラー通路を有し、きわめて多孔質であるから、その裏打の一方の面において、その裏打中に延出して形成される接着剤被覆は、その多孔性の状態が、右不織繊維の構造に応じて、きわめて微細なものとなるものと認められる。
これに対し、前掲甲第三号証によれば、第一引用例のテープにおいては、相対的に目の粗い木綿ガーゼ等を裏打とし、かつ、特に揮発させることを意図した溶剤を含まない接着剤を裏打に塗布し、これを急冷して細孔を生じさせるものであることが認められるから、その多孔性の状態は、仮にその細孔が顕微鏡的な微小なものであつたとしても、細孔の形状、分布などにおいて、本件発明のように非常に多数の微細なインターフイラー通路を形成するほどに微細緻密ではなく、本件発明に比して多孔性構造について顕著な差異があることが明らかである。また、第一引用例のものの細孔については、その接着剤は、これにとりわけては溶媒を含まず、溶融させた状態で裏打に塗布されるから、勢い、接着剤被膜は厚くなり、細孔は生じにくくなる(この場合、接着剤被膜の熱収縮の程度を考慮するとしても、技術常識に徴すれば、それは、数パーセント前後にとどまる。)のに対し、本件発明のテープでは、接着剤中に溶剤を含有し、これは揮発性成分であつて、被膜として残留しないから(溶媒の含有割合は、たとえば、前掲甲第二号証によれば、七八パーセントである。)、ごく薄く裏打に塗布することができ、被膜は薄く、細孔が充分に生じやすいと考えられるほか、裏打素材の目の大きさ(不織布については各繊維間の、織布については各糸間の大きさ)によつても、多孔性構造に差異を生じていることが明らかである。
(3) その余の引用例についても、成立に争いのない甲第四号証ないし第六号証によれば、第二引用例ないし第四引用例は、本件発明の外科用接着テープにおける前認定のとおりの微多孔性構造についての技術的思想を開示するものでないことが認められる。
(なお、甲第七号証のテープを考慮に入れるとしても、同号証のテープは、緻密に織られた布が本件発明において用いられる不織布に比べれば、はるかに目の粗いものであり、接着剤塗布の態様も異なるから、第一引用例のものにおけると同様に、その上に形成される顕微鏡的な大きさの細孔を有する接着剤層における多孔性の状態は、本件発明におけるものとは比すべくもなく、著しく相違するものであると考えられる。)
(三) 多孔性構造に係る作用効果について
本件発明は、上述のとおり、接着テープの多孔性構造において、各引用例のものと顕著に相違し、その結果、本件発明の接着テープは、少なくとも、その呼吸許容性、無刺激性について、次の(1)ないし(6)のとおり、各引用例のものとは異なる顕著な作用効果を奏する。すなわち、弁論の全趣旨とこれにより真正な成立の認められる乙第三号証ないし第六号証とによれば、次の事実が認められる。
(1) 「四〇〇人以上の患者に一二か月にわたつて使用した。テープが貼付されてから一週間あるいはそれ以上たつても、皮膚の発疹が、並み外れて、見られなかつた。在来の型の接着テープに過敏であることが知られていた七人の患者を包含していたにもかかわらず、どの症例も、アレルギー反応が起こらなかつた。」(乙第三号証第六頁左欄一六行~二八行)
(2) 「ミクロポア外科用テープ」を「過敏な皮膚に適用した結果として、刺激も、湿軟も生じなかつた。」、「普通の接着テープの下に、しばしば見られる浸軟及び膿疱のいずれも見られなかつた。」(乙第四号証第四三八頁二七行~三三行)
(3) 右テープ使用の顕著な利点は、「血清嚢を有するどろどろした傷口、皮下血腫及び脂肪組織の分解生成物の液状堆積物がないことであつた。」(乙第五号証第一頁右欄八行~一二行)
(4) 「クツシユマン・デイー・ハーゲンセン博士の報告は、約一年間、本テープを使用した後、テープによつて生じた皮膚刺激の唯一例も見なかつたとする。皮膚刺激又は浸軟がないという決定的因子は、すぐに顕著になつた本テープの多くの他の利点を目立たせた。」(乙第六号証第七九二頁右欄一〇行~一八行)
(5) 「本テープは、大量の空気通路を備えた迷路状又は蜂の巣状の窓状小孔を有する微多孔性である。……裏材のランダムなウエブの繊維は、塊のどれも合着しないか、そうでなければ、空気の隙間をふさぐことはない仕方で、接着剤の非常に薄い膜に覆われている。接着剤の極度に薄い散在は、堅固のまま残つており、外界又は固有の温度上昇の下に、液化する傾向はない。したがつて、接着物質は、周囲へ流出せず、毛根に浸入せず、皮膚の方へ移動したり、動き回らせたりしない。それゆえに、その除去は、無痛であり、ほとんど又は全く残分を残さず、脱毛も起らない。」(同第七九五頁左欄三五行~五一行)
(6) 「微多孔性構造は、その下に存在する液体の自由な蒸発を伴う、妨害されない通気及び排出を許す。」(同頁右欄一三行~一五行)
(四) 以上のとおり、本件発明の外科用接着テープは、その主要な構成要件である前認定の微多孔性構造とこれによつて奏する作用効果とにおいて、本件において引用されたすべての先行技術に比し、すでに、顕著に異なることが認められるから、本件発明は、その余の構成要件にわたつて、各引用例のものと対比検討するまでもなく、後者の技術的事項から、当業者の容易に発明をすることができたものとしえないといわざるをえない。
三 よつて、本件発明を、本件各引用例に示された技術的事項に基いては、容易に発明をすることができたものとすることができないとした審決は、相当であり、審決の判断を違法としてその取消を求める原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 荒木秀一 藤井俊彦 清野寛甫)